いまじん

人から学ぶ、花から教わる、自分を変える、そして世界が変わる

04 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  :  trackback --  :  comment --  : 

福島第一原発、20キロ圏内の世界 

アルピニスト・野口健さんのブログより「福島第一原発、20キロ圏内の世界

テレビや新聞で知れない世界かもしれません。

知ったからとて、この場所は駆け付ける訳に参りませんが

ここはほんの半年前まで人々の生活が営まれていて

そして今もここは誰かの大切な故郷です。

福島第一原発20キロ圏内にかつて住んでいた方々が

向き合っている現実の重さを、知ることは無駄ではないと思います。



動物の腐乱死体とその描写が生々しいのですが、それを知った上で

どうぞお読みください。




同じ関連でもうひとつ。

のこされた動物たち」の著者、太田康介さんのブログ。

うちのとらまる
福島に通い続けてきた記録とほっと癒されるねこの写真。

誰もいない商店街を、闊歩しているのは・・・ダチョウ。

などなど、動物の目線で福島の今が見えてきます。



スポンサーサイト

テーマ: 日記

ジャンル: 日記

「ポケットアルバム送って」 

写真つながりで、ひとつご紹介。

先日大阪市情報ボランティアセンターのHPを覗きにいきました。

遠隔地でも出来ることって何かあるかな~って。

あったあった!


被災地の障害者福祉事業所の商品を販売する「ミンナDEカオウヤ」の店を
運営するお手伝いとか、


東日本大震災で被災したアルバム洗浄のボランティアとか。

へぇ~と思っていたら・・・

DSCF0030.jpg
7月1日の読売新聞に掲載されていました


そうかぁ、ポケットアルバムが足りないんだね・・・。

もうすぐココ(日本)を発つ身としては、洗浄の手伝いは出来ない・・ごめんよ・・でも

ポケットアルバムならちょこっとですがお手伝いできます。

今日、カメラのキタムラに行ったら一冊35円で売っていました~。


気仙沼市には、汚れた写真がまだ100万枚以上残っているそうです。

人手もまだまだ足りませんが、ポケットアルバムもフィルムメーカーからの無償提供だけでは

とても間に合わない状況とのこと。



NGO団体「ハートフレンド」大阪支部では、1日4000枚の写真を洗浄しているのだとか。

写真の送料だけでも、すごい金額でしょうね。。

人々の善意が集まってこそ継続出来るもの。。う~ん、すごい。


一人でも多くの人たちに大切な写真と再会してもらいたいですね。

東京、北海道、静岡など9団体がこの写真洗浄ボランティアに取り組んでいるようです




テーマ: 東日本大震災支援活動

ジャンル: 福祉・ボランティア

茜色 

IMG_2300.jpg
石巻の夕焼け

IMG_2315.jpg

IMG_2305.jpg


5月19日、石巻線が復活。
人々の聞きなれた電車の音が暮らしの中に戻ってきた。

テーマ: 日記

ジャンル: 日記

ボランティアレポート②東北救済プロジェクト 

昨日で震災から100日が経ちました。
100日が避難所で過ごす限界だわ、と話していたおばあちゃんの顔が
思い出されます。


* *

今日は支援にかかわらせて頂いている、東北救済プロジェクトのお話です

一週間程度しか宮城にいられませんでしたが、被災地のありのままの姿を見せていただき、
沢山の人々の温かい心に触れられたのも、訪れた石巻が大好きになったのも、
プロジェクトの「代表」とそのご家族、プロジェクトメンバーのお陰だと心から思います

* * *

「代表」のご家族は宮城県石巻(いしのまき)市在住。
震災直後、ご家族と連絡が取れなくて生きた心地のしない一週間を過ごされたそうです。
その日のブログを読ませて頂くと、今でもぐぐぐーっと涙がこみ上げてしまいます。
詳しい話はご本人のブログを読んでいただくのが一番なのでここでは割愛します。

震災から数週間後・・・

看護師仲間の3人で「0」から立ち上げた同プロジェクト、今では支援者が
北は北海道、南は沖縄まで、100人以上に増えました
豪快且つ爽快な同プロジェクトと同メンバー。
笑いが絶えない、とにかく明るい、だけどみんなの目指す方向はバチっと決まっていて
抜群のチームワークが売りでしょうか


代表が「被災者の心の中のがれきがなくなるまで復興したとは言えない」
とおっしゃった言葉が今も耳に残っています。
今は炊き出し、物資の支援など現地のニーズに応えて様々なことに取り組んでおられますが、
心のケアにいち早く注目されて地道な活動をされています。
最も結果が見えにくく、自分の心が折れてしまい兼ねず、最も必要だけど最も難しい支援と
言われている心のケア。
今後どうしていくか、一緒に考えてくださる方を募集しています。



かゆい所に手が届く、小さいけれどハートフルな支援を震災直後より続けています。
長期的な支援をしていきたい、そんな方、ちょこっと覗いてみてください♪
東北救済プロジェクトHP
現在NPO法人申請中です(*^ ^*)


上記HPからもアクセス出来ますが、以下「代表」と「生活支援担当」のブログをご紹介。

今、被災地はどんな状態で、被災者の方々はどんな暮らしをしているの?
ある一人の女性の視点から描かれたルポルタージュ。
ご多忙の中、かなり頻繁に更新して下さっています。
東北救済プロジェクト代表「絹の音のブログ」


被災地に行って直接物資を届けることは出来ないけど、被災者の方に今一番送って喜ばれる物を
自分の手で送りたい人にお勧めなのはコチラ♪
東北救済プロジェクト・生活支援担当のブログ


さいごに、バレエダンサーが作ったボランティア団体「OSH」
2トントラックに物資をぎゅうぎゅうに詰め込んで、さらに途中で買い足しながら
イケメンバレエダンサー2人が支援仲間たちの気持ちを被災地に運びます。
運命的に出会った「東北救済プロジェクト」とジョイント活動もやっています!
OSH(Off Stage Hypocrite) HP


最後になりましたが、同プロジェクトにご賛同頂ける方がいらっしゃいましたら
ご連絡お待ちしています。


IMG_2628.jpg
炊き出し&無料バザーをした東松島市にて

テーマ: 日記

ジャンル: 日記

ボランティアレポート①東松島市 

5月下旬、宮城県の石巻市と東松島市に一週間ボランティアへ行ってきました
友人の紹介で、石巻市の通称(?)「代表」のご実家でお世話になりながら、色々なことを
経験させていただきました。

レポートが遅れましたが、少しずつ書いていきますね
***

東松島のある公民館で120人分の炊き出しをした時、お母さん方4人に
「写真を撮って」と言われました。

「ほら、写真も全部なくなっちゃったから」と。

笑顔のお母さんたちの写真をたくさん撮らせて頂きました。
住所を尋ねると、東松島市○○町で届くよとのこと。
恐らく、この町のほとんどの家が全壊しているからです。


もっと長い時間被災地に居ることが出来るなら、一つやりたいことがあります。
一人ひとりの写真を撮って、それをお渡ししたい。
今を一生懸命生きる人々の姿を撮りたい。
家族写真、夫婦写真、子どもたちの成長写真。
何気ない日常の、大切な人との写真。
でも、知らない人に撮られるのは誰だって嫌だろうから、時間をかけて。

公民館で写真を撮らせて頂けたのは、炊き出しをするに至るまで
何度も足を運んで信頼関係を築いてきた「代表」の努力のおかげなのです

避難所の人々の暮らし、プライバシーに土足で踏み込まないよう気をつけながら、
今後も皆さんの心に寄り添った、小さな何かが出来ればいいなと思っています。

写真は写真立てを添えて、先日石巻と東松島に送りました。
無事到着していることを願います


IMG_2367.jpg
避難所の目の前の光景
IMG_2369.jpg
がれきと一緒に生活するのは、想像以上に大きなストレスをもたらすように思います。
がれきの山を目にしていると、非日常の中に取り残されたような、
例えるなら絶望感にも似た、胸の中にがれきが積みあがって行くような気がするのです。


さて、次回はここにも何度か登場した「代表」とその活動紹介をさせていただきます。
熱く、楽しく、人間らし~い「代表」との出会い、これはもう皆さんにお伝えしなくっては!
お楽しみに~


***


*おまけ*

先日某新聞に投稿し採用されました。
ただ文章は削られ、多くが書き換えられてしまって、少し残念な思い。
だけど同時に、誰かにきちんと伝えられる文章を書きたいという気持ちがむくむくとわき、
メッセージは欲張らず、ひとつひとつ伝えることの大切さが学べました。

駄文ながら、原文を下記掲載します。


「宮城県の石巻市、東松島市で一週間ボランティアをした。震災からもうすぐ3か月を迎えるが、今も手つかずの海辺の町は見渡す限りがれきの山だった。ボランティア数は激減し、炊き出しも不足しており、逼迫した現地の状況を目の当たりにした。訪れた避難所では、2歳と3歳の子どもが「津波ごっこ」をしていた。お兄ちゃん達が作った段ボールハウスを壊しながら「津波だ」と叫び、「怖いよ」と言いながら段ボールに隠れて遊ぶ。地震後不登校になった子どもや、子どもと離れたがらない親もいると聞くが、一方で多くの人々が助け合いながら生活していた。政治家の方々にはこの現実にもう一度目を向け、未曾有の危機から脱するために、その役割を全うして頂きたい。未だ義援金の届かない多くの避難所では、今もNPOやNGO、もしくは個人で駆けずり回って物資を、食糧を運んでいる。」

最後の一文はバッサリ切られちゃったんですけどね~。

へこたれません(^へ^)
薄謝が出るそうなので、寄付に回させて頂きます

テーマ: 伝えたいこと

ジャンル: 日記

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。